2007年02月27日

30年ほどのお付き合い。上田市の老舗の本格喫茶NEXT

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Photo≫心和む庭園と落ち着いた空間、上田市の老舗喫茶NEXT

上田市の中央商店街、原町交差点から海野町商店街に入り、一本目の小路を北へ進むと左手に、知る人ぞ知るカレーのベンガルがある。ベンガルの先に小さな十字路があり、そのまま十数歩歩いた右側に画廊がある白いビル。
その1階に、このNEXTがある。上田市内にある喫茶店では、屈指の老舗本格喫茶だ。NEXTホームページ。地図はこちら

1970年代後半から1980年代初頭の頃の話。写真家を目指していた我輩がカメラやフィルムを調達するために高校、大学とバイトをしていた喫茶店である。高校時代の写真班の第二部室と化し、また、生まれて初めて写真の個展『原宿'80』(安藤州平Webアトリエ写真ギャラリー)を開催したギャラリーがある珈琲ルームだ。

マスターは土屋晃氏。絵に描いたような喫茶店のマスターだがアマチュア無線の大先輩。当時、まだ珍しかったパソコン(確かシャープのMZ80)が置いてあり、ベーシック語やマシン語を駆使してゲームなどのプログラムを書いていた。

バイトでは色々勉強した。まずNEXTという屋号の由来と歴史だ。創業1949年(昭和24年)、海野町に精肉店と牛奈辺(ぎゅうなべ)の『こんどう』の片隅に、喫茶部として誕生。名前の由来は、「牛なべを食べ、次にコーヒーをお飲み頂こう」とNEXTと命名。その後、1971年(昭和46年)に現在の相生町へ移転―。
他に珈琲の美味しい淹れ方。また、トースト、サンドイッチ、ピザなどの軽食を美味しく、しかも美しく作る方法。喫茶店スタッフとしての所作や会話術、パソコンとソフトの言語、アマチュア無線に関するハードウエア…などなど。

大学を卒業し広告代理店の写真部で汗を流すころから顔を出す機会が激減。その後、京都、大阪、四国松山と転々とした15年以上は、消息不明の状態となった我輩。
10年ほど前、信州に帰ってきて店によると、画廊と和食処のテナントを有するビルに新築していて、浦島太郎だ。
しかしながら一目見て、「おお〜安藤君」とマスター。白髪交じりの髭など風体が変わっていても、顔と名前が一発で出てくるあたりは、昔きよき時代の"喫茶店のマスター"そのもの。
マスターも貫禄が出てきた。少々、髪が薄いようだが…。話では、1986年(昭和61年)にこのビルを新築したそうな。話題はその後の中央商店街の斜陽と寂れ方へと向く。

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Photo≫喫茶NEXTのエントランス。上田市中央3丁目9-1 電話/0268-22-1780

確か珈琲は、宮内庁御用達珠屋小林商店の豆。
今日でも変わらぬ味を保っている。この珈琲、中毒になる―というか30年前のお客さんたちが我輩を覚えていて、楽しい語らいのひと時となるのである。昨今流行のカタカナの"カフェ"ではない、日本で育まれた本来の"喫茶店文化"が心地よい。

チケットを10枚入れた。30年ぶりに、そして今度はお客として通うことになりそうだ。

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2007年02月26日

上田市をとんかつの街にした老舗「とん亭」が昨年末から真田町で復活!

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Photo≫ボリュームたっぷりの「ロースかつランチ 600円」。ご飯のお代わりOK

昨年末、懐かしい名前のとんかつ屋が真田町にできた。場所は国道144号線を上田市から菅平方面に上り、旧市境の神川の川久保橋を渡り、3つ目の本原という信号から約750mの右側。何故か恐竜のハリボテ(高さ3メートルほどの大きさ)のロードサインがあり、2軒のプレハブテナントの左奥なのですぐ分かると思う。

上田市、小県郡、東御市などの地域には、とんかつ屋が多く激戦区。実際、地元マスコミ業界では「上田市は人口に対してとんかつ屋が1番多い」と有名だ。
何故か。写真の"とん亭"が昭和40年頃、原町に開業し成功。東京で修行したご主人はなかなかのカリスマで、「全日本とんかつ連盟」の大会を長野で開催するほどだった。当時、地域特有の食文化が無かった上田に、ボリュームたっぷりの、そして、一寸お洒落な東京風とんかつブームを引き起こしたのだ。

私の記憶では、とん亭は1970年代後半、柳橋に"仏蘭西亭"を出店。原町の本店を仏蘭西亭に統合、一時期、塩田と国分寺に店を出すなど拡大した。が、昨年秋、事業を整理、同時に仏蘭西亭は"こぶたや"に屋号変更し再出発した。

とん亭の出現は上田に"とんかつ文化"を育んだ。それまで"カツ丼"をメインに勝負していた本町の"まんぷく"も、とんかつ専門店として対抗。以降、それぞれの店で弟子を輩出、暖簾分けし、上田市周辺にとんかつ屋が増えていくのである。

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Photo≫何気ない外観で小さな店なので見逃すかもしれない。

フライヤーを使わず、鍋で丁寧にとんかつを揚げているご主人に聞くと「縁もゆかりもない真田の町で、鍋一つで原点から再出発」…とのこと。
50年ほど前、東京から移住した我が家族が、とん亭の誕生でようやく東京風のとんかつが味わえると喜び、今でも"こぶたや"に通っているよ―と話をすると、40年ほどのとん亭の歩みというか、ご主人の"太腕繁盛記"で話が盛り上がる。

話が一段落した頃、絶品の"ロースかつ"が出てきた。

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2007年02月25日

"JTタバコ産業跡地を考える会"の「開発一時凍結」「開発反対署名」が集まらないのか…1ヶ月以上締め切り延期

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Photo≫JT上田工場跡地開発反対派の「反対署名」を知らせる信州民報

先週の木曜日、所用があり上田市へと下りる。上田市松尾町商店街振興組合事務局の他、数店舗で打ち合わせ、その後、珈琲タイムである喫茶店に寄る。
店内で地元紙をあさると、2月23日の信州民報に「JT上田工場跡地開発反対派の反対署名」を知らせる記事を見つけた。

2月20日に"JTタバコ産業跡地を考える会"の集会があり、現段階において4500名の署名が集まったという。関連の日記は(たまたま日記1月10日)(たまたま日記1月19日)(たまたま日記1月24日)(たまたま日記2月10日)
JTタバコ産業跡地を考える会"の話では、まだ正確に集計できていないが1万以上はあるのではないか―とした上で、3月末まで署名活動の締め切りを延ばし、今後も署名数を増やしていきたい―とのこと。署名と同時に"JT上田工場跡地開発の一時凍結に関するアンケート"を上小地域5名の長野県会議員、34名の上田市会議員、上田商工会議所の91名に実施したが、19日の締め切りに50通ほどしか集まらず、再度、回収請求を出すらしい。

おいおい、信濃毎日新聞社の1月18日朝刊の報道では、2月20日が署名活動の締め切りだったはずだが。目標の1/10の数しか集まらず、突然、署名活動を3月末まで延ばすとは…。難解な署名集めのチラシを配り、マスコミを巻き込み、ここまで騒いだのだから、この会は「敗北宣言」をするべきではないか。

この一月、中央商店街で情報を集めたが、市サイドが"JTタバコ産業跡地を考える会"の反対署名活動の動向を聞き込み、様々な方面で"火消し工作"をしていたような証言を幾つか聞いている。署名数の少なさは、市サイドの勝利を示しているのである。

確かに、JTがパートナーとして選んだセブンアンドアイの巨大商業施設アリオがもたらす中央商店街への影響などのアセスメントをせず、JTに好き勝手させているこれまでの市の対応には問題がある。また、市民が参画したJT上田工場跡地開発の手続きも、JTが示した"公益ゾーン"のみでJTのプラン上のもの…明らかにアリバイ工作レベルだ。

だが、この署名数はある意味、消費者である市民が既に"中央商店街を見切っている"という表れではないか?
大型商業施設へのアレルギーは年代によって異なり、郊外に住むマイカー族の家族には歓迎の傾向がある。若者世代や郊外のマイカー族に忘れ去られた中央商店街は、果たして彼らにちゃんとアプローチしてきたのだろうか…。

個々の商店が、自らの歩みを見直す契機である。
商いが時代に即しているのか、サービスは…、商店会や振興組合は正しく機能しているのか、補助金漬けから卒業したか、行政への甘え過ぎから脱したか…、様々な検証を行い、場合によっては業態までをも再検討する必要がある。

ところで、上田商工会議所が「イトーヨーカ堂の出店に係る関係者連絡協議会」を設置するという。5つの商店街によって構成される中央商店街は、各商店街で温度差があるという内情。今後、市やJT、イトーヨーカ堂とまとまって交渉できるのか気がかりだが、"JTタバコ産業跡地を考える会"の反対派も、紳士的に円卓につく時期が来ていると思う。

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2007年02月16日

先程、長野県の東信地方で渓流釣りが解禁した

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Photo≫雪景色の清流、神川で糸をたらす太公望たち。1時間前、外気温-5℃

先程、長野県の東信(千曲川源流の川上村から上田市、千曲市までの流域)地方の渓流釣りが解禁となった。
写真は、まだ薄暗い6時頃、カメラを持ってアトリエ近くを流れる神川を見に行ったときの一枚である。上小漁業組合のパトロール員、そして、釣り客は約10名の人出で、例年の1/2程度だ。

千曲川水系の神川の漁場は上田市の伊勢山地籍、川久保橋(国道144号線にかかる橋で旧真田町と旧上田市の市境)より上流。
稚魚、成魚の放流予定は、山女が710kg、岩魚は700kgで、2〜9月にある連休前となる。禁漁は例年の通り10月1日から。

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Photo≫平成19年の遊魚券(年券)は赤。料金は6,300円で顔写真が必要

釣り人を「太公望」というが、語源はご存じと思う。

紀元前11世紀頃、中国で活躍した周の軍師、呂尚(りょしょう)が、渭水という池で釣りをしていたところを「これぞわが太公(祖父)が待ち望んでいた人物である」と、文王にスカウトされた。この故事にちなみ、釣り好きを「太公望」と呼ぶ。
この伝説は、江戸時代の人々にも広く知られていたようで、「釣れますか などと文王 側により」という川柳が残されている。

ところで、この言葉を調べてみるとなかなか面白い。

まず、「望」は本来『呪いの眼で見る』という意味を含むようで、真偽は疑わしく、「太公の望」という意味であると解すのが自然なのだそうだ。

その上、太公望は曲がっていないまっすぐな針を使い、さらに、あえて水中に入れなかったとも…。このとき釣り上げた大魚の腹から六韜(兵法書)が出てきたという伝説があるらしいが、中国では、「太公望の魚釣り」と言えば、「下手の横好き」というニュアンスがあるという。

昨年は年券を買いながらも、殆ど川に入らなかった。今年は何日、何回入り、釣果はどうなるのであろうか…。中国本国のニュアンス、「下手の横好き」は、我輩にピッタリかもしれない。

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2007年02月15日

山の中の寒村で、騒がしいバレンタイン的1日の翌日、国産チョコのレベルの高さを考える

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Photo≫なぜか手元にやってきた"ロイズの生チョコ・シャンパン(ピエール・ミニョン)"

確か先週、昼飯を調達しようと思い最大手の某コンビニに寄った。
店内にはベルギーショコラシュー、ベルギーショコラデニッシュなどなど、ベルギーショコラという冠がついた商品の山。特筆するものとして、ベルギーショコラメロンというメロンパン。思わず大笑い。

「そうか…世は騒がしいバレンタインな1日が近づいているのか」と呟きながら、カレーパンと野菜ジュース(パブロフの犬…だなぁ。何故、これしか買わないのか…?)を買って愛車に戻る。
後日、Webで調べると"ベルギー王国大使館後援・ベルギーチョコレートフェア2007"なるものを某コンビニで行っていたようだ。
『世界屈指のチョコレート原料メーカー「バリー カレボー社」。その高級カカオを贅沢に使った「ショコラシュー」「ショコラデニッシュ」など、個性豊かな商品が今年も顔をそろえました。○ブン-○レブンの自信作を是非ご賞味ください』とのこと。

それにしても、日本人は何時の時代も『舶来物』に弱いようである。知人の話では長野T急百貨店地下のバレンタイン特設コーナーは、舶来品のコーナーが黒山の人だかりとか…。しかも一粒、数百円もするという。

我が国の国産チョコの歴史を振り返ると、森永製菓が1918年(大正7年)、カカオ豆から加工して売り出した板チョコが、初の国産チョコとされているが、量販チョコのルーツであろう。パン、クッキー、ケーキ店の老舗が多い神戸、横浜、函館あたりでは、明治後期ぐらいまで遡るのではないだろうか。

一言、申し上げる。先に推測したとおり我が国では既に1世紀近い国産チョコの歴史がある。当然ながらチョコの味はかなりのレベルに達している。カカオの風味、コク、口溶け、後味など、輸入品と比べても遜色がない。しかも安い。

我が姉が四半世紀海外に住んでいるが、帰国すると「国産のチョコが美味しく、お土産にちょうどいい」といい、ここ10年ほど買出しの荷物持ちに連れて行かれる。米国での評判はもちろん、スペインなどヨーロッパ各国の姉の友人たちにも好評という。
日本人のショコラティエがパリに店を出す時代だ。この評価は正しい。

さて、写真は"ロイズの生チョコ・シャンパン(ピエール・ミニョン)"。ワイン、シャンパン、ウイスキー、ブランテーなどによくあう逸品である。通販はコチラ
20年ほど前、札幌市青少年科学館のインフォメーション・ロボットや、様々な展示コーナーのプロジェクトなどで通っていたが、その頃からのファンである。
ちなみに、たまたま日記2006年10月09日に登場する幼馴染のY関和氏もお勧めの逸品で、彼の手土産の定番である。

ところで、ユーロ高の影響で、4月から大手輸入ワイン商の値上げという。チョコの相棒となるワインの事、何パーセント値上がりするのか…気に掛かる。

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2007年02月10日

おいおい何時まで上田市は"クリスマス・イルミネーション"なの?

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Photo≫街灯にぶら下がりながら燈る季節はずれの"クリスマス・イルミネーション"

昼からあるWebに使う動画撮影の仕事で上田市内に下りる。
一通り終了し、撮影素材をプレビューし頭の中で整理、コンセプトに沿った編集をイメージ。
コーヒータイムで一服するかと…商店街活性化の顧問としてお手伝いする松尾町商店街へ向かう。

と言いながらも、16日に開かれる「真田坂Webの専門部会」(たまたま日記1月10日参照)の問題点の取材、幻灯舎3周年イベント"商店街オープン・エア・シネマ"企画の進捗状況、JT上田工場跡地開発反対派の署名活動の動向なども気になり、理事二人と懇談のようなミーティングとなった。

真田坂Webと商店街オープン・エア・シネマは、想定済みの問題を乗り越えるよう、実現に向け調整が進んでいるようだ。
一方、JT上田工場跡地開発反対派の署名活動は、話を聞く限り"八方塞"の状況のようで、市長リコールの目標も描けず、マスコミを巻き込んだ"商店街崩壊に市民よ目覚めよキャンペーン"作戦に切り替えている…と、想像できる情報が多い。

アトリエへ戻ろうと幻灯舎を一歩でて夕暮れの空を見上げ、暖かいなぁ…と、視界の中にキラキラと輝くイルミネーション。

おいおい。

何時までクリスマスなの?センス以前の問題ではないかい?

ふと、JT上田工場跡地開発反対派の署名活動が"八方塞"なのが頭に浮かぶ。
反対表明は、少なくとも1年前であって、機を逸している…と。

そう、無投票となってしまった新生上田市の市長選だったのだ。

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2007年02月08日

暖冬というより"2月が無い"信州の今シーズン

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Photo≫上田方面から菅平高原へと向う国道144号の真田町長(おさ)付近

まるで春の日和である。連日のニュースで「記録的な暖冬」と騒いでいるが、暖冬というよりは"2月が無い"今シーズンといってよい。
正面奥の2つのピークは左が根子岳で右が四阿山。この時期に真っ白じゃない姿を見るのは、ここ10年で初めてだ。
先月末から今月頭、信州の地方紙に「軽井沢でフキノトウが出た」、また、「北信地方(長野県の北部)で福寿草が咲いた」、はたまた、「南信濃村でウメが咲いた」などなど、すでに春の知らせが続々届いている。

我がアトリエのある大日向という集落は、この季節、毎朝、氷点下2桁台の冷え込みで、本来なら一日中氷点下の「真冬日」が続いているはずである。が、その真冬日も一日も無いのだ。
薪も灯油の使用量も、例年の1/3以下。暖房費が少なくて嬉しい限りだが、ここまで暖かいと「今後の気象変動は大丈夫か?」と心配してしまう。
当然ながら花粉の飛翔も早いはずで、真冬が来なかったことによる農作物への病害虫や生育等の影響、少降雪量の渇水、動植物の活動の変調、新型インフルエンザなどに備えよというニュース…いろいろ気になるのである。

ところで、先日のたまたま日記1月28日で触れたが、あと1週間で長野県の殆どの地域で渓流釣りの解禁だ。
日記で心配した"春熊駆除による釣り客への危険"が現実的になりそうである。6日行われた長野県熊専門部会が、「春熊捕殺を条件付導入」と、捕殺の許可権限を従来の県知事許可だけでなく「市町村長の許可」にするとの原案をまとめ、今後、パブリックコメントと県環境審議会を経て、本年度中に正式決定するとのこと。

再び指摘するが、山村に住む我輩としては熊の被害は少ないことを願うが、春の熊捕殺は絶滅につながりかねない可能性が大きいと思う。山郷の寒村化と山の手入れの放置が、熊の出没の大きな原因のはずである。

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posted by 州庵 at 23:53| Comment(2) | TrackBack(0) | 異常気象