2007年08月28日

6年ぶりの皆既月食

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Photo≫鱗雲の向こうに"雲に滲んだ皆既月食"の月。21時10分撮影

天候不良のため見れないと思った6年ぶりの皆既月食。

朝から降っていた雨が夕方上がり、雲に切れ目がでてきたのが19時頃。南南西に開いた谷の底にある山村のため、20時頃から月が上がってくる。撮影したのは21時10分頃だ。

カメラはNikon D80、ISO感度は1600、レンズAf Nikkor24-85o f/2.8-4 Dで70o(35oフィルム換算105o)、絞りF4.5、露出1/3秒。

前回は2004年5月5日のことで、西日本の一部の地域でしか見られなかった。全国で見られた皆既月食は、2001年1月10日まで遡り、6年も前になる。

ちなみに次回の月食を調べると、2008年8月17日に食分0.8の月食が見られるようだが、最大食となる前後に月の入りとなるという。
皆既月食は2010年12月21日で、今回のように大きく欠けた状態で月が昇ってくる。その次は2011年6月11日らしいが、皆既のまま沈んでしまうらしい。
最初から最後まで楽しめる皆既月食は、2011年12月10日まで待たねばならないという。

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2007年08月27日

忘却の現代世界遺産・長野冬季オリンピック「セントラル・スクエア」

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Photo≫駐車場と化した長野冬期オリンピック授賞式会場の「セントラル・スクエア」

まとわりつく熱気、残暑が厳しい中、長野駅から善光寺表参道を歩き、某打ち合わせであるビルに向う。ふと道路の向こう側を見る。
すると、駐車場に止められた車にまぎれながらオリンピックのマークが小さく見える。

おぉ!忘却の現代世界遺産!

1998年長野冬季オリンピックの表彰式などで見覚えのあろうセントラル・スクエアである。現在、有料駐車場と成り下がり、その昔は土日にイベント会場としても利用されていたが、最近は殆ど利用されていない。
焔をともしていたミニ聖火台は既に忘却の彼方だ。

「善光寺周辺を世界遺産に登録しよう」という市民運動があるらしい。しかし、善光寺表参道の中間点にある世界的記念施設が、たかだか9年でこの有様では、あまりにも「…」であり、市民運動の精神的レベルは大丈夫かと頭を傾げたくなる。

そういえば、数日前にこんな記事。

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Photo≫2007年8月24日の信濃毎日新聞朝刊17面東北信面の『長野駅前東口・五輪10周年タワー・建設へ実行委員会発足』を知らせる記事

長野市や長野駅東口商店街協同組合など約20団体が、「長野駅東口前にオリンピックの記念物が無いのはおかしい」と、高さ5mのメモリアルタワーを建設するという動きだ。デザインと予算、場所を協議し、決まったらしい。

なんとも不思議な気分になる。

駐車場と化したセントラル・スクエアのドタバタ的9年の運命も、長野市や長野の中央商店街、商工組合などが「何とか残さねば…」という騒ぎの末、サジを投げ、ほったらかしだったはず。

長野市は善光寺の門前町であって、オリンピック開催都市というイメージが弱いのか?、「五輪塔」か「五輪記念タワー」だか知らないが、長野駅東口前に建てるのなら、セントラル・スクエアも何とかならないのか。駅の何処の出口という"局所的なものの見方"をせずに…、気合を入れて欲しい。

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2007年08月26日

秋の気配

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Photo≫残暑厳しき本日、我がアトリエの背景には鱗雲

今年は例年以上に厳しい残暑である。

我がアトリエの周辺を散策し、ふと視線を上げると、アカトンボが空を泳ぎ、木陰から虫たちが奏でる四重奏が心地よく聞こえてくる。
鱗雲が笑う谷には、夕焼けの紅が深く映え、なんともいえない情景となった。
そして、月が美しい夜である。

静かに、確実に秋へと季節は歩んでいる。

ガサゴソと窓の外から聞こえる。
が、まさか、熊ではあるまいか。

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2007年08月25日

JT上田工場跡地再開発のメインアプローチになる「上田駅前天神町商店街」の電線地中化お披露目イベント

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Photo≫上田駅前天神町商店街の電線地中化、石畳とカラー舗装整備が竣工した

その昔、映画館があった天神町商店街。今では飲食店、ビジネスホテルがメインで、物販店が減りつつあるが、立地上、頑張らざるを得ない…、いや、本当に頑張っている商店街である。

この天神町商店街の長年の懸案であった電線地中化、石畳とカラー舗装整備の話は、新生上田市の合併前からのもので、地元商店主たちの顔色も「安堵」というよりは、「やれやれ」と見えてしまうのは私だけだろうか…。

さて、「お披露目イベント」の方は、40〜30代のファミリーの人出が多く、商店街のイベントとしては商店主や振興組合会員のおもてなし精神、手作り感たっぷりの良い雰囲気だった。
以前、私の企画で情報月刊誌KURAにルポしていた北国街道の古きよき佇まいを残す「柳町」の夏祭りをジャジィーな大人の祭りとすると、こちらは八幡屋人形センターがあるせいか、子供たちを主人公にファミリーが思い存分楽しめる祭りだ。

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Photo≫西丘保育園児たちのパラバルーン演舞。オープニングには鼓笛隊としても参加した

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Photo≫八幡屋人形センター前の人出

上田市内の商店街は、私が顧問としてお手伝いしている松尾町商店街の「職人フェア」や上田真田祭りでの「流し蕎麦大会」など、それぞれ個性を生かしたイベントを開催している。が、「流し蕎麦大会」などは直ぐに隣の商店街が「素麺」に変えてパクってしまうなど、祭りに対する企画力が落ちている。たとえ企画力が落ちようが、おもてなし精神が豊かなら、天神町のように地元の若いファミリーが集まるのである。

ところで、先週の21日(月)から今月末31日(金)まで、「JT上田工場跡地の用途変更素案」と「地区計画素案」を上田市役所と丸子、真田、武石の各地域自治センターで公開し、市民の意見書を募集している。
21日、早速、真田地域自治センターへ見に行ってきた。

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Photo≫2007年8月21日の信濃毎日新聞朝刊17面東北信面の『JT上田工場跡地の用途変更素案 市民の意見書募集』を知らせる記事

旧真田町の市民には関心がないのか、閲覧者は今のところ私一人。その後、24日に松尾町商店街振興組合のある理事と一緒に上田市役所へ見に行ったが、こちらの閲覧者の殆どは東京のコンサルで、市民は五本の指を使わない程度の人数だ。インターネットで公開しているので、そちらを見る方が多いのか、少なすぎる。JT上田工場跡地再開発の反対グループなど、大勢が見に来ていると思ったのだが…。
役所に足を運べば詳細な書類を見ることが出来、それなりの質疑ができるのである。
実際、24日に上田市役所へ閲覧に行ったときには、JT上田工場跡地再開発とかかわる周辺及び市街地道路整備などについて松尾町商店街の理事と共に質問し、都市計画課のスタッフが我々に答えてくれたのだ。

JT上田工場跡地再開発の商業ゾーンに計画されているセブンアンドアイの巨大量販店アリオのプランは何処まで進んでいるのか。現在、必死になって全国展開のブランドのテナントの集めているはずだが、意外と集まりが悪いのでは…。その苦肉の策として地元出店枠を設けるなどという荒療治をすることも理論的には考えられる。

何故、このような考え方をするのかといえば、前述したJT上田工場跡地再開発とかかわる周辺及び市街地道路整備計画を見たからである。千曲川の護岸道路の拡幅化はやっても、東と西の末端において国道18号線上田バイパスと直接つなげない(バイパス効果が下がるため)という。また、しなの鉄道(旧JR信越本線)を南北に渡るアプローチは踏み切りのある地上道路のみ。アンダーパスは考えられないという。

私の感想としては実にトホホ。もし、私がセブンアンドアイ側のコンサルとしてプランを立てる立場だったら、激怒するようなアクセスの悪い道路整備であり、当然ながら、テナント出店企業から見ても、不安を多く感じてしまう魅力の無い周辺インフラ整備計画なのである。しかも、道路整備はアリオ開業後、同じJT上田工場跡地に整備する新しい上田警察署や市民会館が竣工する頃になるであろうというから…、絶句。
果たしてJT上田工場跡地再開発は成功するのだろうか?!

話は変わるが24日(金)に松尾町の老舗靴屋が「完全閉店セール」のチラシを出しセールを始めた。靴屋さんと仲のいい松尾町の商店主たちには『激震のニュース』だった。
この店の商店主は、現在、商店街振興組合の役員ではないが、発言力があり、確か別の団体の立場でJT上田工場跡地再開発の反対グループに参加していたはずである。海野町や駅前のイトーヨウカドウにテナントショップなど数店持っていたが、数年前から店舗整理の経営方針を挙げていた。
まさか倒産ではあるまい…。

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2007年08月23日

アトリエから30mに熊の捕獲檻設置される

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Photo≫昨日、設置された熊の捕獲檻。道路の前方右の古民家が我がアトリエで、直線距離で30mだろうか…

ご覧の通り、熊の捕獲檻が設置された。昨日のことだ。

実は20日(月)の夜、22時30分頃、南側の隣人が、獣が歩くような気配を感じ、電器柵を設置したトウモロコシ畑を、ご夫婦で見回りに行ったという(奥様への直接取材)。
トウモロコシ畑は道路脇の土手の上。電器柵は熊が現れやすい山側の3辺に設置、土手側は道路にも接し急な勾配の土手なので設置していなかった。
その時、ご主人は何も見ずに畑の奥まで歩いていったが、後ろからついていった奥様が畑に隠れていた熊と遭遇。熊が吠えたと同時に、奥様は叫びながらとっさに土手を下り難を逃れた。
その間、熊は山の森の方へ逃げていったという。運が良かったというか…不幸中の幸い。翌朝、有線(旧真田町内の電話)で自治センターへ通報したようだ。

我がホームページのBBS"オープン・ギャラリー"に、21日、呑み仲間のよたまえ君より、我がアトリエ直下の「丸山橋50m付近で熊目撃情報」と、旧真田町の有線放送で『熊警戒情報』が出た…との書き込みがあったが、それが、この話だ。

たまたま日記2007年7月2日を見てもお分かりと思うが、毎年、熊が出没している我がアトリエの周辺。この地に住んで10年になるが、今のところ、住民に被害は出ていない。

しかし、この檻で本当に熊が捕獲できるのだろうか?

ところで『熊警戒情報』は上田市の真田自治センターが出し、農林課が熊の対策を行っている。そして、緊急情報は全て有線放送を使い知らせている。有線放送は数十年前、農家の自然災害情報を提供するために構築された。
当然ながら農業でない我がアトリエには有線端末がない。また、私のような移住者や新興住宅団地の新しい住民はかなりの人口なのだが、その殆どは有線端末を持っていない。
その昔、旧真田町の『防災基本計画』のマニュアルを見る機会があったが、地震災害などの情報も有線放送を使った緊急連絡体制を構築している。ある議員を通して、有線普及率が下がりつつあることを前提に『防災無線』切り替えていくべきと訴えたが、どうにもならなかった。

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2007年08月12日

ペルセウス座流星群出現のピーク、前夜祭

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Photo≫ペルセウス座流星群の前夜祭で、パラパラ流れ星を確認。だが、天の川しか写ってない…

本日、未明(3時頃)、ペルセウス座流星群出現のピーク前日ということで、標高900mの我がアトリエの庭で撮影する。
データはカメラNikon D200、ISO感度は1600、レンズSIGMA10-20oD f/4-5.6 DC HSMで10o(35oフィルム換算15o)、絞りF5.6、露出30秒。

肉眼では10分間、流れ星を5個ほど確認。しかしながら、この撮影では捉えられず。
今夜がピークのようだが、出現の方角、時間帯などの詳細はペルセウス座流星群(国立天文台)を見ていただきたい。

夏の夜のひと時、天体ショーを楽しむのも悪くない。

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posted by 州庵 at 23:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2007年08月11日

長野市の北野カルチュラルセンターで見かけた「エレベーター・シルバーシート」

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Photo≫エレベーター内の『椅子』は高齢者への配慮か?荷物置きか?

先日、長野市の北野カルチュラルセンター・ブラッセリー光庵で、親しい呑み仲間が企画した『信州あの人ゆかりの菩提寺・神社』の出版記念パーティーと称する暑気払いの呑み会に出席。楽しいひと時を過ごしてきた。

呑み仲間といっても、幹事さんとその方の親友のお姉さまは人生の大先輩で、偶然にも仕事で関わりがあり、世の中の狭さを実感。

さて、会場に5分前に着いたが、エレベーター内に見つけたのがこの椅子である。
4人乗ったのだが、全員が「目が点」。

何のための椅子なのだろうか。仲間と推測したが、高齢者への配慮か?荷物置きか?結論が出る前に3階のレストランフロアーに着く。

建物は3階建て、エレベーターは8人乗り程度。8人乗りのエレベーターが如何に狭いか…、また、3階までの所要時間は10秒足らずなのは、お分かりのことと思う。お年寄りが立ち座りするのには時間が短すぎ、荷物置きにしか使えないだろう。

高齢の利用者の声に応えた対策なのだろう。

高齢化王国・長野県の高齢者への「いたわり」か、「エレベーター・シルバーシート」という新しいカタチ。

不思議なものを見てしまった。

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