2012年01月02日

謹賀新年

謹賀新年

訪問される方々(今ではそう多くないかもしれない…)へ。
「2012年壬辰の年、あけましておめでとうございます。新たな年が皆様にとって良い一年でありますように、合掌」。
可也、酔っ払っております。乱筆乱文お許しを。


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Photo≫初月の出。

さて、「既に死んでいるな安藤は…」とお思いの方々に、我輩の昨年からの日常、および精神的歩みについて、ご報告を(笑)。

全ての表現に関しパワーダウンしたのは、「東日本震災にノックアウト」されたというのが正直なところ。
「表現活動」のエネルギーは「作品を生み出す」という行為で、食べることも忘れ「恍惚」な瞬間もよくあり、「食欲」より「性欲」に近いと思っいてる。

ここ数年の人生の激変は、一昨年の春、父が亡くなったことであろう。
リーマンショックはショックではあったが、「表現活動」をしていれば「拾う神がいる」と信じ、それほど問題にはしなかった。
が、畳み込むような父の人生の終焉である。

家族代表身元引受人として父の癌発見から治療・手術・治る可能性・死の確実性・その医学的リスクと父の想定される苦悩・延命治療(馬鹿やろう。何が延命治療だ。医療技術の進化で人の死をあいまいにしやがって)の有無など、何故かサインと捺印(医療事故訴訟の予防線だろう)をし、アメリカにいる姉を説得、東京にいる兄に報告して、母には事実を分かりやすく翻訳し、ただ微笑んでいたのだ。
最後の病室で父と最後の言葉を交わし、葬儀の段取りから精算、その日から始まった母の介護まで。

感情を抑えながら、一気に全速力した後、我輩を支配したのは俗に言う「無気力」ではなく、「無意欲」だった。

昨年の仕事は、建築写真家、樵、ホームページ製作者、骨董屋、某振興組合事務局、家具屋カメラマン兼何でも屋などなど。
しかしながら親友の支えが、これほど身に沁みた年はなかった。友人達からの声援、協力、支援がなければ、今いたかどうかも分からない…のである。
心から感謝し、御礼を申し上げます。

ところで、昨年、実家に引っ越すことも想定し、真田の大日向のアトリエ内を整理しようと思い、一年に渡り、書籍・雑誌の嫁ぎ先を探していた。古物商ではあるが、古本屋へ只のように渡すのは、身銭を切って勉強した自身の身を削るようなものだからだ。
師走に入りその雑誌を処分しようと思っていたら面白い若者に会った。

ぱっと見、長身、スタイルは足が長く紳士服チラシにチョイ出しファッションモデルといっても遜色ない。
メガネを斜に掛けていても気にしない。自身が惚れきった車に乗っている。
何より、距離感が遠いような「眼差し」が良い。 

「私って変態なんです…」、おいおい”昔から変態と言われていた我輩はなんなんだ?”いろいろ聞けば、我輩の若い頃の悩みそのもの。

数時間話をして(真面目すぎてオッサンの話が面白くなかっただろうな…と反省する)我輩が確認できたことは…。
ネットは吐息や呟きでも即座に表現になる「自慰の世界」、署名記事や署名作品のメディアは紙にしたり、フィルムにしたり大変で面倒く、自慰をしたいと思っても「お前ら分からないの!ならこうするの…」などと、どんな言葉でも画像や音でも、もしかしたら伝わらないかもしれない…が「伝えるぞというシツコイ世界」なのだ…と。

以前から友達から言われていたが、今年からは「官能系作家」を肩書きに入れようか(笑)。崇高する団鬼六の世界、作家の端くれで行きたいのですが…。
無理か…。
あぁ「支離滅裂」。というか「尻メチャメチャ」。(可也前、友人にウケたネタで、もう少し下品だったようなきがする。苦笑い)。

さてさて、今年も修行の一年である。
これに懲りることがなければ、本年もどうぞ宜しくお願いいたします。

安藤州平Webアトリエ




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posted by 州庵 at 15:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記