2007年07月05日

事実上の解党状態、新党日本。田中康夫氏はどうするのか?

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Photo≫タイトルとは関係ないが、信州上田の松尾町商店街で見つけた「ただのハンガー」 

国会が閉会し参議院選に突入した今日、15時に面白いニュース速報が…。

たまたま日記/4月30日に書いたが、松本歯科大で見かけた田中康夫氏。彼が党首の新党日本が、事実上の解党状態に陥ったとのこと。
地元民放、通信社、新聞社など様々なメディアをチェックすると、どうやら「党の私物化」らしい。
さて、最近の報道にあった"仲良しジャーナリストの有田芳生氏とともに田中氏が参院選に立候補"は、どのようなカタチの出馬となるのか?若しくは"断念"となるのだろうか?

以前、我がホームページの安藤州平Webアトリエ「小言甘辛放談」で、長野県政ウオッチを書いていたが、指摘したとおり田中氏はアマチュアリズム独特の自己中で、郵政解散のドサクサに政党という名のサークルを作った。が、案の定、自らの玩具であったようだ。「党の私物化」ではなく、田中氏を担いだ国会議員たちの浅墓さを象徴するニュースというべきか…。
ホリエモンを担いだ自民党を思い出す。

たぶん、いや、本当かもしれないが、この国は、アマチュアリズムに蝕まれつつある…と感じる。

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2007年07月04日

五里霧中

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Photo≫須坂市から菅平高原へ上り始めると霧が…

長野県の大型書店・平安堂(本社・本店/長野市)で新刊本の打ち合わせが15時からあった。
長野へ向う保科への峠で、時速30`以下の安全運転そのものという車の後続となり、通常の所要時間では到着しようもない。少々遅れそうなので、打ち合わせに同席する北沢房子女史に、時間通りに進めてもらうよう電話を入れる。
保科の峠の下りは、青空がところどころ覗き、梅雨の蒸し暑さがマッタリと車内に侵入してきた。

結局、10分ほど遅刻。しかし、北沢さんの進行と、副店長さん、雑誌フロアーのマネージャーさんの専門家らしい分析もと、充実した打ち合わせができ無事終了。感謝であります。

長野までの所要時間は区間ごとに過去のデータが頭に入っている。が、想定外の峠の下りだった。
最終的に、「出たとこ勝負」となるのは我輩の悪い癖だが、何故か良い仲間と周りの方々に出会い、救われるのである。

長野からの帰り道、須坂の酒屋に立ち寄り、超掘り出し物のボルドーの赤を1本と、デイリーワインとなりそうなものを良心価格で2本ゲット。これだから田舎の酒屋巡りはやめられない。ユーロ高でワインが40〜50%値上がりしているご時世に、そのことを知っているのだろうか?と思ってしまう。

菅平方面の山を見ると雲の中にあるのか姿が見えない。
こりゃ霧の中を上ることになりそうだ。

アトリエに帰り、鞄の中を整理すると名刺入れがない。えっ…何処に忘れたのだろうか?
執務机に座って、頭の中で名刺入れを置き忘れたところは…と考えながらメールをチェックする。と、副店長さんから「名刺入れを預かっております」とのこと。
はぁ、なにやら今日のキーワードは「ポカ男」のようだ。

ここ暫く、「五里霧中」のような人生のよう…気のせいであってもらいたいが…。帰路が象徴しているようである。

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2007年07月02日

アトリエ執務室から直線距離20メートルに、熊の足跡

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Photo≫いやはや…熊の散歩跡

昼過ぎ、執務室の窓から裏の畑を手入れする大家さんの顔が見え、窓越しに時節の挨拶をする。

我輩「畑は獣の被害はありませんか?」
大家「無いけど、凄い足跡があるよ。見るかい?」
我輩「もしかして熊ですか?」
大家「その通り」

カメラを持って、即座に取材。

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Photo≫大家さんと畑、足跡と写真右上がアトリエ。で、見えている角に執務室がある

今年は早い…勘弁してくださいよ。熊の散歩。

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2007年07月01日

バラとドクダミ

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Photo≫今朝の活花

一昨年から続いている朝の花道。お題は「戦国時代」で『バラとドクダミ』。
先日、このブログで紹介した新しい著書の「信州に縁の歴史上の人物、戦国武将などの墓を巡る」という切り口から、お題とした。

ところで、今年の庭はなかなか面白く、今朝、咲いている花を見たらスミレ、ツツジ、バラ、ドクダミ、シロツメクサ、ごく小規模なシバザクラなどなど。
信州真田に住み既に10年が過ぎる。真田の山里の一斉に咲く春の花の美しさに感動してきた。しかし、今年の梅雨は面白すぎ、こんなにバラエティ豊かな7月は始めてだ。

さて、お題の切り口にした、戦国武将の死様と足跡にハマッテいるフリーライター・北沢房子女史との共著に登場する「歴史上の人物」を少々、紹介する。

諏訪頼重、飯森盛春、光姫、武田典厩信繁、諸角豊後守、原大隅守、高坂昌信、村上義清、真田幸隆、真田昌幸、真田信綱、諏訪御料人、武田信玄、仁科五郎盛信、木曽義昌、真理姫、石川数正、小笠原秀政、福姫、諏訪頼水、貞松院、真田信之、鈴木右近、小松姫、加藤道光など。

さてさて、我がアトリエの庭に、明日は何が咲いているやら。

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2007年06月28日

ついに校了。信州に縁のある歴史上の人物、、戦国武将の墓を巡る歴史散策本 7月13日刊行!

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Photo≫信州に縁のある歴史上の人物の墓を巡る歴史散策本の編集が終わり校了

ブログの更新が滞り、月1日ペースだった。理由は新しい著書の編集に没頭していたからなのだ。
このブログで度々紹介した信州の「墓巡り本」が校了し、現在、印刷・製本中だ。
フリーライターの北沢房子女史と共に、「歴史上の人物の墓を巡る」という切り口で、取材を始め早3年。ついに7月13日、信濃毎日新聞社から発刊となる。

「信州休日の社寺巡り」で信濃路の100社寺を巡り、すでに7年になるだろうか。我々としては、その続編として位置づけている。
取材中、「信州には2000の寺と2万の社がある」と、耳にした。本当なら、まだまだ、社寺取材は続く。信州は本州のど真ん中で、表日本と裏日本の接点。社寺を巡り歴史を紐解くと実に面白いのである。

さて、江戸から明治・大正期に文人の間で流行った「掃苔(そうたい)」や「展墓(てんぼ)」。
古人の墓を見つけては苔を取り掃除し、そこに眠る人の生きた時代にあれこれ思いを馳せ、線香の一本をあげて供養するという歴史散策である。
古くから『京都墓所一覧』や『江戸名家墓所一覧』等の墓巡りガイドがあり、現代では谷中霊園をはじめ青山、雑司ケ谷など東京や京都の案内書がある。

信州では、いまだ手が付けられていないジャンルだった。

北沢房子女史の観察眼もさらに深くなり、円熟味を増した筆による歴史散歩が、私の写真とともに展開する。
編集から装丁まで私が担当した。

書籍タイトルは、まだ、ご紹介できず、タイミングが来たらこのブログで発表する。

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2007年05月30日

松本市中町、カレーの「デリー」

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Photo≫黒塗りの漆喰が味わい深い「デリー」

あるサロンの事務局の会議があり、松本に来ている。会合の場所は中町の串揚げが美味しいTOBIRA。

電線地中化して中町が美しい街並みになって何年経っただろうか。
この通りは蔵造の古い家が多く、骨董屋やギャラリー、民芸家具、甘味処、喫茶店、レストラン、和菓子屋などが立ち並び、一日、歩いていても飽きない。

この界隈でカレーを食べようと思うのなら「デリー」をお勧めする。中町において古い建物を飲食店として再生した先駆的な店だ。

「インドカレー」と看板が上がっているが、いたって普通の洋食カレーだ。黒塗りの蔵造の建物は趣があり、シックな店内にはクラシックが流れ、実にいい雰囲気。カレーにこだわり続け40年の私も納得するルーは、丁寧に仕込んであり、マイルドで深い味わいだ。
オーソドックスなカレーから、カニコロッケなどフライもののカレーなどいろいろあり、大盛りや辛口増しもできる。
申し分の無い店である。

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2007年04月30日

松本歯科大の「観桜会」へ。田中康夫氏を見かける

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Photo≫春爛漫。松本歯科大「観桜会」 

昨日の29日、松本歯科大(塩尻市広丘郷原)観桜会へ招かれる。
10年ほど前、信州に帰ってきてから、父の秘書兼鞄持ちとして同席している。

この観桜会、1995年から続いているオープンキャンパスで、今年で第12回。松本歯科大のキャンパス内には数十種類・約一千本の桜があり、一つの花に二十枚の花弁がついているヨウキヒ、黄色い花を咲かせるウコンなど珍しい桜もある。

ソメイヨシノは既に散っていたが、八重桜はちょうど見ごろだった。キャンパスは一般に開放され、芝生の広場で地元塩尻市民が花見を楽しんでいる。野点や琴の演奏は恒例、様々な屋台が出てまるで縁日。

招待者は、近頃、改築された学食で、お酒のフリードリンクとバイキングが楽しめる。学食はホテルのレストラン並みの空間で、和洋中など様々なメニューがあり、これがなかなか美味なものばかり。

実は前学長が父の大学の後輩で、県内の大学で活躍している父のお弟子さんたちも集まる良い機会なのである。私の子供の頃を知っている先生ばかりで、年に一回のご挨拶と思い、私も歓談を楽しんでいる。

さて、キャンパス内で面白い人物に出会う。パリッとスーツを着こなした田中康夫氏だ。この観桜会は県内の文化人も多く集まるので、参議院選を意識した挨拶回りだろう。新党日本の党首として彼の立候補は間違いなしだ。

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2007年03月09日

JR上田駅前の再開発ビル・パレオが覆い隠す城下町の建物

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Photo≫JR上田駅前の再開発ビル・パレオで隠された明治の蔵 

数年前の上田駅前再開発で、それなりに今風のターミナルになった。

それまではというと、太郎山と烏帽子岳の間に、遠く菅平の四阿山と根子岳を望むことができ、上田交通や骨董屋、土産屋が入っていた昭和初期の3階建てのビルや、駅前に聳える千曲川の河岸段丘の上に建つ明治期の建物など、大正から昭和初期にかけて「蚕都」として繁栄した城下町上田の雰囲気があった駅前だった。

上田に帰省する度、「田舎だなぁ〜」と溜息をつきながらも、懐かしさを覚える味わい深い駅前であった。

今、その記憶の痕跡を探すと、再開発ビル・パレオで覆い隠されたこの明治時代の蔵しかない。

あるインタビューで母袋上田市長と話す機会があった。そのとき、「県内でいちばん胸をはれるきれいな駅前だと自負している」というようなことを言っていた。

確かに小奇麗になった。
だが、もう少し何とかならなかったのか…と思うのは私だけではないだろう。
またまた書いてしまうが、何処にでもある普通の地方都市の玄関、その街が持つ歴史・文化が感じられない、安っぽい空間となってしまったような気がするのは間違いない。

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2007年03月04日

本日、福寿草の開花宣言。開花が裏付けた今シーズンの記録的な暖冬

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Photo≫我がアトリエの庭に福寿草が―

今月の1日、ニュースで、気象庁が記録的暖冬となった今冬の天候をまとめ、発表した。
全国153の観測地点のうち仙台、東京、名古屋、大阪、福岡など75地点で、過去タイ記録の12地点を含み、観測史上最高とのこと。
長野県内は長野市などの17地点で、平年を1.52℃上回る平均気温で、統計が残る1899年以降、1948〜1949年の暖冬と並び最高を記録した。

その記録的暖冬、我がアトリエでは福寿草の開花が裏付けた。
数日前から花をつけていたが、先程、確認したところ例年の場所以外で4ケ所ほど確認。
よって、本日、真田創造工房アトリエにおける"福寿草の開花宣言"となった。
手元の記録を見るとアトリエの庭に福寿草の花が現れた日は、3年前は4月1日、一昨年が4月4日、そして、昨年は3月20日。
信州に戻り早10年経つが、3月早々に咲くのは本当に驚く。

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Photo≫庭中央のアイランド状の植木ゾーンに福寿草の群落を発見

ところで、福寿草はキンポウゲ科フクジュソウ属の多年草。春一番を知らせる花として喜ばれ、別名ガンジツソウ(元日草)、北国ではマンサクと呼び、福を招く縁起の良い花として知られる。種子から花を咲かせるのに5年以上かかり、繁殖は容易でないというが、このアトリエでは、その昔、大家さんが植え、今では数箇所に群落が増えた。

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Photo≫岩の隙間から出現している福寿草

ご覧のように、花弁は多数あり、黄金色に輝き、花径は3cm程だ。暖かさとともに茎を伸ばし、花が終わると金平糖状の果実をつけ、6月頃には葉が枯れて休眠する。

4月中旬のような暖かい日和。
春爛漫という光の中に福寿草の黄色い花が輝いている。

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2007年02月27日

30年ほどのお付き合い。上田市の老舗の本格喫茶NEXT

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Photo≫心和む庭園と落ち着いた空間、上田市の老舗喫茶NEXT

上田市の中央商店街、原町交差点から海野町商店街に入り、一本目の小路を北へ進むと左手に、知る人ぞ知るカレーのベンガルがある。ベンガルの先に小さな十字路があり、そのまま十数歩歩いた右側に画廊がある白いビル。
その1階に、このNEXTがある。上田市内にある喫茶店では、屈指の老舗本格喫茶だ。NEXTホームページ。地図はこちら

1970年代後半から1980年代初頭の頃の話。写真家を目指していた我輩がカメラやフィルムを調達するために高校、大学とバイトをしていた喫茶店である。高校時代の写真班の第二部室と化し、また、生まれて初めて写真の個展『原宿'80』(安藤州平Webアトリエ写真ギャラリー)を開催したギャラリーがある珈琲ルームだ。

マスターは土屋晃氏。絵に描いたような喫茶店のマスターだがアマチュア無線の大先輩。当時、まだ珍しかったパソコン(確かシャープのMZ80)が置いてあり、ベーシック語やマシン語を駆使してゲームなどのプログラムを書いていた。

バイトでは色々勉強した。まずNEXTという屋号の由来と歴史だ。創業1949年(昭和24年)、海野町に精肉店と牛奈辺(ぎゅうなべ)の『こんどう』の片隅に、喫茶部として誕生。名前の由来は、「牛なべを食べ、次にコーヒーをお飲み頂こう」とNEXTと命名。その後、1971年(昭和46年)に現在の相生町へ移転―。
他に珈琲の美味しい淹れ方。また、トースト、サンドイッチ、ピザなどの軽食を美味しく、しかも美しく作る方法。喫茶店スタッフとしての所作や会話術、パソコンとソフトの言語、アマチュア無線に関するハードウエア…などなど。

大学を卒業し広告代理店の写真部で汗を流すころから顔を出す機会が激減。その後、京都、大阪、四国松山と転々とした15年以上は、消息不明の状態となった我輩。
10年ほど前、信州に帰ってきて店によると、画廊と和食処のテナントを有するビルに新築していて、浦島太郎だ。
しかしながら一目見て、「おお〜安藤君」とマスター。白髪交じりの髭など風体が変わっていても、顔と名前が一発で出てくるあたりは、昔きよき時代の"喫茶店のマスター"そのもの。
マスターも貫禄が出てきた。少々、髪が薄いようだが…。話では、1986年(昭和61年)にこのビルを新築したそうな。話題はその後の中央商店街の斜陽と寂れ方へと向く。

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Photo≫喫茶NEXTのエントランス。上田市中央3丁目9-1 電話/0268-22-1780

確か珈琲は、宮内庁御用達珠屋小林商店の豆。
今日でも変わらぬ味を保っている。この珈琲、中毒になる―というか30年前のお客さんたちが我輩を覚えていて、楽しい語らいのひと時となるのである。昨今流行のカタカナの"カフェ"ではない、日本で育まれた本来の"喫茶店文化"が心地よい。

チケットを10枚入れた。30年ぶりに、そして今度はお客として通うことになりそうだ。

安藤州平Webアトリエ




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posted by 州庵 at 21:29| Comment(0) | TrackBack(0) | グルメ・その他